注意の集中

八木  昭宏

関西学院大学 総合心理 科学科

やぎ  あきひろ

1969年関西学院大学大学院博士課程心理学専攻中退、1969年、通商産業省工業技術院製品科学研究所人間工学部、研 究員、1973年カリフォルニア大学留学後、製品科学研究所主任研究官。
1983年関西学院大学文学部心理学科、助教授を経て1986年総合心理科学科教授。
2003年に改組、同大学院、心理学専攻、教授。
情報メディア教育センター長、応用心理科学研究センター代表兼務。
注意等の認知と感性等を心理生理学的に計測し研究を行っている。
最近は、VR等心理学と工学とを結ぶ心理工学の研究を行っている。
文学博士、日本生理心理学会前理事長、日本心理学会、人間工学会、ME学会、照明学会、Society for Psychophysiological Research, PIE、多数の学会会員。
著書、論文多数。

アテンションプリーズ

空港で「アテンションプリーズ」と聞くと、自然と注意を向けます。実験心理学の祖の一人であるW.ジェームズは、「注意は誰でも知っている」と述べています。しかし一言で注意と言っても、いろいろな側面があり、現在、心理学や脳科学で最もホットな研究テーマの一つです。空港のメッセージは外部から突然やってきた情報に注意が向けられる例です。車の運転中は、前方の視界に注意を集中している必要があります。運転中に携帯電話が鳴ってそれを取り上げて話をすると注意の逸脱が生じて危険です。ここでは注意の集中について紹介しましょう。

注意とは

運転中の脳波と眼球運動を計測する様子

運転中の脳波と眼球運動を計測する様子

人を取り巻く環境には様々な刺激がありますが、それらすべてに反応することはできません。必要な情報を取捨選択しており、その働きが注意です。注意は、覚醒レベルに応じて変化する、限られた注意資源(容量と呼ばれることもある)によって影響されます。特定の難しい作業に集中して、注意資源が費やされると他のことが疎かになります。易しい作業だと、少ししか資源を使わないので、他のことにも注意を払うことができます。

ただ、難しい作業でも、作業に対する技術が高まると、次第に自動的にできるようになり、注意資源をあまり使わずに実行できるようになります。スキーを始めたころや自動車を初めて運転したころは、注意資源は、ほとんどそのことに費やされていたでしょう。慣れてくると、助手席の人と話をしながらでも運転できるようになります。

集中度と覚醒レベル

何か作業をしている状況では対象刺激の状況が変化するので、どの対象に注意を集中しているかによっても、注意の集中状態は時間的にも様々に変動します。また集中度は、その人の覚醒レベル(目覚めの度合い)によっても変化します。易しい作業は覚醒レベルが低くても高くても実行可能です。一方、難しい作業は、覚醒レベルが適度なときには良い成績が得られますが、低くても高すぎても成績は低下します。

作業中の注意集中

事務室でワープロを使って重要な書類を作成しているときや、混雑している道路で運転しているときには、長時間の注意の集中が必要です。作業の内容が変動するので、作業効率を上げるには内容に応じた注意資源の配分が重要です。

自動車運転でも、高速道路の運転は長時間にわたって、注意の持続が必要です。制限速度内では、高速運転作業そのものは慣れると難しくないので、注意の資源はそれほど使いません。ただ、追い越し、突発的な事柄、料金所から高速道路への合流などは、一時的に極めて高い注意の集中が生じます。

何が起こるか分からないで、刺激が来るのを待っている状態として、ヴィジランス作業と呼ばれる監視作業があります。注意は浅く広く周囲に向けられています。環境の変化が少ないと、20分ぐらいで刺激に対する注意の集中度が低下し、反応量や正答率が下がるので、20分効果と呼ばれています。

深夜の高速道路でのトラックの運転も監視作業と似ています。周りの環境の変化が少なく、見えるのは前を走る車のバックパネルだけで、テールライトを手がかりに長時間運転することが強いられます。刺激が少ない状況下では覚醒水準が下がり居眠り運転に繋がります。時々、パーキングエリアで気分転換が必要です。

注意集中が必要な特殊な作業

音楽家が演奏する際に使用する楽譜に書かれた情報の量は莫大なものです。音楽家が演奏会で楽器などを演奏するときにも注意の集中が必要です。クラシック音楽では15分から20分毎に楽章が分かれていて小休止が入ります。同時通訳も注意の集中が求められる仕事ですが、概ね15分毎に交代します。

神経や心臓など、エラーが直接生命に関わる外科手術の医師も長時間注意の集中が必要な仕事です。複数の医師や看護師などとの連携で、高度な手術が行われています。プロのスポーツは、その競技の種類によって集中の持続時間は異なります。陸上や水泳の短距離競技のように、競技開始前から注意の集中が必要な場合もあります。スポーツの「ヨーイ」、「ドン」のような場合、速い時間間隔で次の刺激が来るか、逆に、ゆっくり過ぎると、「ドン」に対する反応は遅れます。1.5秒くらいの間隔だと反応時間が早くなります。

教育場面での注意集中

高校まで多くの学校では、授業時間の単位は45分間です。大学になると90分になるためか、注意の集中が続かず私語が増えたりします。私語の増加は、何処の大学でも問題になっており、特に最近それが著しいようで、いくつかの理由があると思われます。ゆとり教育が原因なのか、高校までに注意集中の訓練を受けていないことが理由なのか、大学に来る学生の人数が増えたので相対的に学問に関心を持つ学生の比率が下がったのか、それらが合わさったものでしょう。話の内容に変化を持たせるとか、実習的なことを適度に入れることによって、授業への集中を高めるよう工夫をしています。

フロー

最近フローと呼ばれる特殊な注意の集中状態が話題となっています。いわゆる「自分の世界にはまった」状態で、「没入」とも呼ばれています。チクセントミハイという研究者は、その状態を体験するためには、その作業の目的があること、注意の集中、時間感覚の変容(時間が長く感じたり短く感じたりする状態)、活動と意識の融合(いわゆる無我夢中の状態)、さらに上を目指す動機づけなど8つの条件をあげています。誰でも経験できるとは限りませんが、13才くらいで自分の得意な仕事でそれを体験すると、将来、ポジティブな心の育成に役立つと考えられています。作業では有りませんが、ヨガや座禅の禅定なども近い心理状態と考える研究者がいます。

コンピュータゲーム

コンピュータゲームと注意集中も議論になっています。ゲームに対する評価が分かれていますが、コンピュータゲームには種類が多いので、一概に良い悪いの判断はできません。ゲーム機器やソフトの中には知識の増加や創造性の育成などに繋がるものもあります。E-Learningと呼ばれるコンピュータ学習は、すぐに飽きるのが多いので、注意集中を維持させることが制作のポイントになります。娯楽でありながら、教育的な機能を持たせたテレビ番組やコンピュータゲームは、エデュテインメントと呼ばれています。

ジャンクフロー

単純な刺激変化と、反応の繰り返しのゲームは「はまる」ゲームの一種です。子供達がそのゲームをしているとき、そばから話しかけても夢中になって気づきません。フローと似た注意集状態ですが健康的とはいえません。長時間続けていると、動作が自動的になり脳の前頭部からFmシータ波と呼ばれる脳波が表れます。これは創造性に関係する前頭部の活動が弱まっていることを示しています。コンピュータ画面と眼との距離が長時間一定に保たれ続けると眼の疲労や視覚機能の低下がおこります。また、暴走族などもフローに似た体験をしているようですが、社会に害となるものはジャンクフローと呼ばれています。

まとめ

写真2

注意と一言でいっても、様々な心理的な活動が関与しています。必要なときに、対象や目的に応じて注意集中を高める方法の研究が求められています。そのため、本学では注意の集中度を測るため、脳電位と眼球運動の新たな解析装置の開発を進めています(写真2)。