睡眠と注意・集中力

白川 修一郎

しらかわ しゅういちろう
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員
東京都神経科学総合研究所客員研究員
日本睡眠改善協議会常務理事・日本睡眠学会理事

1.人間の睡眠

人間の睡眠は、進化の過程で動物として獲得した形質と、人間が脳を特異的に発達させてきた過程で獲得した形質が混在した現象です。特に人間の脳においては、前頭連合野(前頭葉の一部)と頭頂連合野(頭頂葉の一部)はニホンザル以下の動物種とくらべ特異な発達を示し、大脳皮質での占める割合が極めて高いのです。極論になるかもしれませんが、前頭連合野と頭頂連合野の働きが、人間を人間として存在させているのです。人間が人間として生きていることで、酷使される前頭連合野と頭頂連合野の働きを十分に発揮させることができるように、人間は特異な睡眠を獲得してきました。

注意の持続や集中力の発揮には、大脳皮質と自律神経の一つである交感神経や運動能力が重要な役割を担っています。これらの生命現象と睡眠との関係について知られていることを簡単に示します。

1)睡眠とは、食料(餌)が確保できない時間帯に、体のエネルギーをできるだけ使わないために、進化の途上で動物が獲得した生命現象です。体の中でエネルギーを最も使用する臓器は筋肉です。一方で、動物は本来が動く物であるために、目覚めた状態で数時間も、ほとんど動かない状態を保っていることは大変難しく、強いストレス(拘束ストレス)にもなります。長い時間、動かない状態を保つためには、筋肉の緊張を積極的に低下させ、体を弛緩させて動けない状態を作った方が簡単です。また、筋肉の疲労も解消されやすいのです。体が動かない状態にあると、敵に襲われた時に逃避したり、自分を防御したりすることができないので、捕食されやすくなります。そこで、敵に見つかり難いように、外部からの小さな刺激には、睡眠中には脳や体が反応しない状態を動物は積極的に作ってきました。睡眠中は、筋肉の緊張が低下し、感覚系の刺激に対して反応しない状態が作られます。また、体がエネルギーをできるだけ使わないためには、体のエネルギー産生を低下してしまうと効率的です。体温を下げるとエネルギー産生を抑制することができるので、睡眠では、皮膚の表面から体熱を外に放出し体温を下げるようなメカニズムを作りだしました。体温が下がり、エネルギー代謝が下がると運動能力も低下します。

2) 睡眠には、起きている時にしっかりと働いた交感神経(自律神経の一つ)を休息させる働きがあります。睡眠中に交感神経が十分に休息しないと、自律神経の働きに失調が生じます。睡眠発現のメカニズムは古い脳の部分(脳幹)に集中し、睡眠には脳の新しい部分(大脳皮質)を休息させ働きを回復させるための役割があります。すなわち、睡眠とは、脳が休息することで覚醒のレベルが低下した状態でもあるのです。

2. 睡眠負債と眠気

図1 連続的な5時間の制限睡眠と生理的眠気5時間の制限睡眠が続くと生理的眠気が増大する

図1 連続的な5時間の制限睡眠と生理的眠気5時間の制限睡眠が続くと生理的眠気が増大する

睡眠時間の不足や睡眠時間は十分でも質的に悪化した睡眠しか取れない状態が続くと睡眠負債が蓄積されていきます。睡眠負債が一定の限度を超えると過度の眠気が生じます。眠気は覚醒系への睡眠の混入であり、脳、特に大脳皮質の機能を低下させます。図1は、8時間の睡眠を取らせた後に5時間の制限睡眠を7夜連続して取らせた時の生理的な眠気の変化を示したものです。生理的眠気は、睡眠潜時反復テスト(MSLT)という方法で測定されています。MSLTは、近年注目を浴びている睡眠時無呼吸症候群(SAS)の日中の過度な眠気の重症度の臨床検査で標準的に用いられています。入眠までの時間(入眠潜時)が10分以内であれば過度の眠気があると診断されます。図1では5時間の制限睡眠が続き睡眠不足の蓄積、すなわち睡眠負債が多くなると検査での入眠潜時が短くなり生理的眠気が強くなることを示しています。この図は睡眠負債の蓄積と眠気との関係を示した一例ですが、睡眠の分断による睡眠の質的悪化や睡眠時間の制限による睡眠不足が、眠気を増大させることが数多くの国際医学雑誌に発表されています。

3.眠気による脳機能の低下

図2 持続的覚醒による反応時間の延長

図2 持続的覚醒による反応時間の延長

図2は、男子大学生に8時間の睡眠を取らせた後に36時間の連続覚醒(徹夜)を行わせた例です。正常に睡眠をとった後、起床直後から30分ごとにランプが点灯すればボタンを押すという単純な課題を5分間行わせた実験です。起床直後は、200~220ミリ秒で行えた反応は、持続的な覚醒時間が延びるに応じて遅延し、36時間の覚醒の持続で反応時間は300ミリ秒以上にまで延びています。昼間帯の午後3時から4時前後と夜間帯の午前5時~6時前後は、生体リズムに起因する眠気の強くなる時間帯で、反応時間も一過性に遅延しています。反応時間の延長は覚醒系の疲労と眠気が原因となり脳の機能が低下した結果です。この5分間の課題時間中において反応時間の遅延に対応して、反応時間のバラツキが増大し、エラーの数も増加していました。覚醒が持続することで眠気が増大し、それが注意機能を低下させたものと考えられます。なお、眠気は、単純な注意機能に対する影響の方がより顕著に現れます。複雑な手続きや行動を要求されるデュアルタスク課題などのより高次な注意を要求されるものでは影響が少ないことも知られています。

日中の過度な生理的眠気の標準的臨床検査である睡眠潜時反復検査(MSLT)と作業能力を測定するPVTという検査法を用いて、0.0 g/kg、0.3 g/kg、0.6 g/kg、0.9 g/kgのエタノール摂取と0時間、2時間、4時間、8時間の部分断眠が、生理的眠気と作業能力に及ぼす影響を比較検討した研究が報告されています。8時間の睡眠量に対し2時間の睡眠不足の影響は、0.54g/kgのエタノール摂取(弱度酩酊量)による影響と同等であることが報告されています。眠気はアルコール摂取と同等、あるいはそれ以上に脳の機能を低下させます。さらに悪いことに、アルコール摂取の場合は身体へも影響があり自覚できますが、眠気による脳の機能の低下は、脳のみが感知できるものなので、機能が低下した脳では自覚しにくいという弱点があるのです。

睡眠不足や睡眠の質的悪化あるいは睡眠障害により生じる眠気は、注意力や集中力を低下させヒューマンエラーを引き起こす原因となることが数多くの科学研究で明らかにされています。すでに述べたように、人間の睡眠には脳を休息させ機能を回復させる役割があり、脳内の睡眠発現メカニズムの働きで発生し調節され、個体の生理的な必要性により生じています。覚醒が持続すると脳は疲労し睡眠の必要性が上昇します。皆さんが感じる眠気は、覚醒への睡眠の混入なのです。睡眠が覚醒へ混入すると前頭葉の機能が最初に低下します。前頭葉は、注意を維持し集中力を高めるための中枢であり、適切な判断を下すために働く中枢です。95%以上の人間が日中に明晰な状態を維持するためには、7~9時間の質の良い睡眠が必要であると報告されています。21~48歳の48名の健常者に、8時間睡眠の基準夜と8時間、6時間、4時間の睡眠時間を14夜連続した条件と88時間の連続覚醒の条件を付加し、脳機能への影響を比較検討した実験があります。行動的覚醒維持機能、ワーキングメモリー機能、認知機能を測定すると、いずれの機能も8時間睡眠に対して6時間睡眠、4時間睡眠の順に日を追うごとに悪化していました。88時間の連続覚醒では持続的覚醒時間の経過とともに悪化し、その悪化度は睡眠時間を制限した条件よりも顕著に悪化していたと報告されています。

世界のよく知られている大事故にも、睡眠不足が原因となっているものが数多くあります。一例では、1979年3月のアメリカペンシルベニア州スリーマイル島原子力発電所炉心融解・放射能放出事故は、疲労し眠気が強い交代勤務担当者が機械の故障を見逃すという人為ミス(米国議会睡眠障害Dement委員会報告書)です。睡眠不足による注意力や集中力の低下が、このような大事故を招いたのです。睡眠不足は判断、注意維持、集中力、作業能力および記憶の確実な想起などの脳機能に悪影響を及ぼし、睡眠不足が連続することで生じる睡眠負債の蓄積量に応じて、その悪影響の度合いは増加します。

4.睡眠と脳機能

図3 短時間の睡眠を取ることで脳機能は回復する

図3 短時間の睡眠を取ることで脳機能は回復する

では、脳機能が低下し判断や注意機能が悪化した人に睡眠を取らせた場合、脳の機能が回復するかを見てみましょう。図3は、脳の判断能力が睡眠不足により低下していた30歳代の男性サラリーマンに15分の短時間仮眠を取らせ、前後の脳機能を脳波で測定し比較した例です。脳波(事象関連電位)で調べると、脳内の情報処理に要する時間が計測できます。図3の上段は睡眠経過で、図3の下段左は判断の情報処理に要した時間です。睡眠は10分程取れており、ノンレム睡眠の段階2という中等度のレベルの睡眠が7分取れています。2種類の音をランダムに聞かせ、ターゲットの音が聞こえた時だけボタンを押すという判断課題で、注意を持続的に保つ必要があります。仮眠前は、音を聞き判断するまでの脳の情報処理時間は0.35秒(350ミリ秒)超でしたが、仮眠後には0.3秒(300ミリ秒)にまで判断に要する時間が短縮しています。15%近く時間が短縮し、脳の働きが回復していることがわかります。図3の下段右は振幅が大きくなれば注意維持の安定性が増すことを示す指標です。注意の維持も仮眠後には2倍近く改善しています。

すなわち、注意力を容易に保ち集中力を高めようと思うならば、適切な時間と質の良い睡眠を取ることがその基本であることを、多くの科学研究の成果が示しています。