茶道と抹茶

岡本浩一

☆岡本浩一 略歴

1955年大阪府高槻市に生まれ。1980、東京大学文学部社会心理学専修課程卒、同大学院社会学研究科を経て、1990、社会学博士の学位取得。現在、東洋英和女学院人間科学部教授。わが国に本格的な「リスク心理学」の手法をもたらした。カーネギメロン大学大学院学位審査委員、国際政治心理学会理事など歴任するとともに、原子力や薬品・食品の国家行政にも関わり、内閣府原子力委員会専門委員、国民生活審議会委員など兼務。

本業のかたわら、裏千家茶道を修め、茶名「宗心」を受け、裏千家淡交会巡回講師として茶道普及につとめる。茶道誌「淡交」に長年連載の「茶道心講」は、広く茶人に読まれている。茶道書に「心理学者の茶道発見」「茶道を深める」(淡交社)。学校法人裏千家学園茶道専門学校理事を兼職。

  • 抹茶とテアニン

テアニンは、茶葉に多く含まれている物質です。それも、ほうじ茶やウーロン茶などの茶色い茶葉よりは、緑茶に多く含まれ、とくに抹茶には多く含まれていることがわかっています。太陽化学㈱の研究者によると、日照時間が短い目の茶葉に多く含まれている傾向があるということです。

抹茶は、もともと、臨済宗の禅僧栄西が帰朝したときに持ち帰り、栂尾に植樹したのが始まりとされています。そして、足利幕府の三代将軍、足利義満の保護を受けて、宇治の生産が盛んになりました。

抹茶の育て方は、いまでも宇治の秘密とされ、茶樹を他人に見せることもほとんどなく、あまり多くのことが公開されていません。ただ、若芽のころよりムシロなどで日光を避け、日照時間を丁寧にコントロールして育てられるのだろうと言われています。

まさに、テアニンが多く含まれる茶葉の要件を満たしているのです。

  • 禅林と抹茶

抹茶がたしなまれたいちばん最初は、禅宗での禅林茶礼だと言われています。臨済宗のとくに大徳寺派で、座禅をする前に抹茶を喫する茶礼が行われていたのです。一般的にこれは、抹茶のカフェインで眠気を予防する目的もあったのだと言われています。しかし、テアニンが脳波の一種であるアルファ波を高める機能があることを考えると、禅林茶礼にもっと積極的な意味があったことがうかがえます。

座禅は、禅境と呼ばれる心境に達するための修行ですが、その禅境は、脳波がアルファ波からさらにシータ波などに至る状態だろうと医学的には考えられています。そのまえにテアニンを摂取するのですから、抹茶に禅境を得やすくするはたらきのあることが、当時から経験的にわかっていたのではないかと思われるのです。

  • 茶道

茶道は、日本文化の中核です。茶庵の露地は、禅庭を模して、深山幽谷にいる気持ちを味わうことのできる空間です。そこで、禅語の掛け物を掛け、ごく軽い食事と濃茶、薄茶を味わうのが茶事です。そのため、古来より現代に至るまで、本格的に茶道の修錬をする人は、禅宗の修錬をすることが慣例になっているほどです。

茶室は、いまも昔も、サムライたちが戦いで疲れた心を癒し、勝利の傲慢や敗戦の挫折から立ち直る空間だったのです。

  • 戦国時代の茶道

茶道は、織田信長から豊臣秀吉の時代、武将たちのたしなみとなりました。群雄割拠の戦国時代が、終わりそうで、いつ終わるともなかなかわからなかった時代です。親兄弟が命を狙い合うこともあり、家来の裏切りも常に考慮していなければなりませんでした。そういう人間不信と命をかけた戦いの日々、武将たちのストレス・マネジメントが抹茶を喫することでした。その抹茶には、テアニンが含まれていたのでした。

  • 徳川時代の茶道

徳川時代になると、茶道は、武士や豪商の社交にとってなくてはならないものとなりました。世は士農工商の身分社会となり、ともすれば身分社会ゆえの窒息感も生じる世であったことでしょう。そのようなとき、茶室は、俗世の身分と切り離された自由な空間として守られていました。商人たちが客として呼ばれていた茶事に、武将が頼み込んで加わったときに、その武将を正客として入れず、末客として入れたという逸話も生まれました。武将にとっても、商人にとっても、茶室は、俗世間の煩わしさから心を癒す貴重な場でした。抹茶がそのような機能を果たしたなかに、テアニンのはたらきが隠れていたことが、いまとなってはうかがわれます。

  • 近代と茶道

明治以後、国をあげて西洋に追いつく努力が行われました。電力、石油、鉄道、通信、流通など、多くの分野で、国をあげての努力が行われました。その一方で、西洋文化に憧れるあまり、日本文化を軽視する風潮も出てきました。しかし、そのなかで、彼ら産業界のリーダー達が、大切なたしなみとしたのが茶道でした。彼らは、時代背景のため、評価が下がった名物茶器を万集し、それらを評価し、そして、相互に茶会を開きました。まさに戦国時代を思わせる激しい商戦のストレスから解放される社交空間が茶道だったのです。

  • 茶道は日本の伝統的ストレス・マネジメント

こうして見てくるとわかるように、茶道は、日本文化が古来より持ってきた、優れたストレス・マネジメントです。なまぐさい話題を避け、心通う会話を持ちたいとき、そして、ひとりでじっくり自分自身を取り戻したいとき、茶室で抹茶を一服するのが日本人のストレス・マネジメントでした。そこには、禅の役割、点前所作(たてまえしょさ)の役割、点前所作を見るということの役割など、多くの要素が役割をもっていたことでしょうが、抹茶そのものが役割をもっていたことも見逃せません。そして、その抹茶の役割には、テアニンのはたらきがあったのです。日本人は、抹茶をつうじて、アルファ波を出やすくし、心を落ち着けてくれるテアニンの恩恵を受けていたのです。なんという古くも新しい智慧でしょうか。

  • 濃茶と薄茶。二種類の抹茶

薄茶

薄茶

抹茶には、濃茶と薄茶があることをご存じでしょうか。一般の人が抹茶として飲んだことがあるのは、薄茶の場合がほとんどです。抹茶は、もっとどろりとした濃度の濃いものです。茶事・茶会は本来、濃茶と薄茶の両方をいただきます。濃茶と薄茶は、茶葉そのものが異なり、濃茶は樹齢の古い木の茶葉を練って供します。さらっとして泡立っている薄茶と違い、濃茶は薄めのゼリーくらいのどろっとした感じのものです。飲み慣れないと少し抵抗があるかも知れませんが、ふくよかでじつにおいしいもので、後味が身体の奥に二時間くらいも残っていることがあります。

茶会の本旨は濃茶をいただくことで、薄茶は名残のデザートのような位置づけですが、濃茶の後味が消えるか消えないかくらいに残っているときに、ゆったりと落ちついた気分が沸き上がってきます。それが、じつはテアニンの働きなのでしょう。

  • 濃茶のテアニン

濃茶

濃茶

濃茶の粉の量は、昔から、一人一匁と教えられています。3.75グラムです。抹茶中のテアニンの平均的濃度から計算すると、濃茶一服分で、ひとりがだいたいテアニン93ミリグラムをとることになります。そのあとで、薄茶をいただくことを考えると、茶事一席が、だいたい100ミリグラムくらいのテアニンの服用に該当するわけです。テアニン100ミリグラムというのは、タブレット2錠(テアニンタブレット;太陽化学㈱製)です。テアニン4錠をとると、20分くらいで、手や足がほんのりあたたかくなって、ゆったりした気持ちになってきますね。子どものころ、手があたたかくなったのを思い出すという人がずいぶんいます。ストレス・マネジメントの自律訓練法や動作法、あるいは、自己催眠などでも、手足があたたかくなります。手足があたたかくなるというのは、アルファ波が出始めた目安です。

  • ストレス・マネジメント

結局、茶道は、ここ400年間、日本トップ層のストレス・マネジメントの中核でした。戦国時代は、政略と戦争にあけくれる戦国武将。徳川時代は、厳しい規律に耐えながら地道な政略に意を尽くす大名たち。そして、近現代は、産業を興し日本の近代化に人生を賭けたビジネスマン達。彼らが、その傍らで、求道的にも社交的にもいちばん楽しんだのが茶道というストレス・マネジメントだったのです。そこで喫される抹茶に含まれるテアニンが、その一端を大きく担っていたことは疑いようがありません。